#シェアル
四人パーティで大冒険! のあとしまつの一幕。
◆シェアルの双方への気持ち
アルル:顔はいいが迷惑なヘンタイだし友人たちに近づけたくない
シェゾ:目立つヒヨコ
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異世界の勇者ラグナス・ビシャシ、闇の魔導師シェゾ・ウィグィィ。格闘女王ルルー、そして魔導師の卵であるアルル・ナジャ。
いろいろあって、このバランスがとれているんだかいないんだかもはやわからない四人でちょっと大きめの遺跡を探索した。もともとは都市だったその遺跡の探索、調査、発掘、攻略はそれなりの期間となった。それなりの期間となるため、カーバンクルとミノタウロスはおるすばんとしてサタン城に預けられている。カーバンクルは限られた携行食を計画的に消費する道程に向かず、ミノタウロスは魔物を獰猛にさせてしまったり怯えさせたりしやすい。
とにかく無事にそれらの攻略も終了し、各自分担して後片付けにかかっていた。
消耗品の補充と宿の確保はラグナスとアルル。この二人は人当たりがよく初対面の人間に嫌われることはまず皆無なうえ、むしろ「なにかいいことをしてあげたい、喜ばせたい」と相手に思わせてしまう雰囲気があった。具体的にいうとおまけしてくれたりちょっといいランクのものを出してくれたりと、勝手に予算以上のものが手に入る。
発掘物の売却はシェゾとルルー。シェゾの圧倒的な知識と鑑定眼、ルルーの審美眼と本物の貴族のオーラがこれに向いていた。相手が豪商でも権力者でもどんな魔導師であっても、絶対に買い叩かせはしない。ラグナスやアルルでは押しに負けたり言いくるめられたりしてしまうような相手であったなら、むしろその揚げ足を取って搾り取るのがシェゾとルルーだった。
そんなわけでアルルは守備よく宿の部屋を二部屋確保し、酒と料理が評判の酒場の情報も確保し、宿の外で待っていたラグナスと合流した。
「おまたせ〜」
「ああ、ありがとうアルル」
「ん? なにみてるの?」
何かを見ていたラグナスが、アルルが声をかけたのに(返事をするときだけは目線をくれたが)そちらを見たままなので、アルルも見た。
視線の先はありふれた広場だが、ひときわ目を惹く存在があった。シェゾとルルーだ。この数週間ほど行動を共にしてきたし、それ以前からだって友人だったりなんだったりで既知の存在だ。
が、それは四人だけのダンジョンでの話。人が行き交う明るい広場の中で見る二人は、圧倒的に美男美女だった。二人のいるところだけ空間が違う。ありふれた町の中に、どこからか切り抜いてきた絵を置いたようだった。
銀色の髪と黒衣、大きな剣を穿いた長身の美青年。水晶色の豊かな髪と女神のような曲線美、白いドレスの美女。神話をベースにした歌劇でも始まりそうだ。
「うっわぁ……」
思わずアルルから漏れたその声が、どういう感情だったのかは本人にもわからない。ただ、うっわぁ、という感じだった。ラグナスがうなずく。
「すごいよね。並んで立ってると、相乗効果がすごい。二人とも同じ系統の美人だから」
「確かに……」
(なんか、やだな)
アルルにとって、シェゾ・ウィグィィは「めんどくさい人」だ。アルルの、魔導師の命の根源たる魔導力を奪おうと付け狙ってくる、外法の魔導師。何度ぶちのめしても思い出したように襲いかかってくるのをまたぶちのめす、その繰り返しだ。
アルルの住む町の近くにアジトを構えたと聞いたときには心底げんなりした。勝負を挑まれる頻度が上がることが容易に想像できたからだ。実際そうなった。けれど、なんだか。会うことが増えると、勝負以外の会話もときどきはするようになって、たまに助けてくれるようなこともあって、今回の遺跡攻略だって、口先ではあれこれ尊大なことを言いながらもちゃんとチームとして動いてくれたのだった。
アルルといないときのシェゾ・ウィグィィは、口数の少ないただの美青年らしい。町の人から、魔物の友人から聞いた。だから町の女の子とかお姉さんとか美少女タイプの魔物とかの一部が「ちょっといいな」と思っているようだった。それはそうだろう、見た目だけなら一級品なのだから。
こんな話をしたとか、助けてくれた、優しくしてくれた、とか。そういう話を彼女たちから聞くたびに、大声で訂正してまわりたくなる。
——見た目に騙されちゃいけないよ、あんなのはただのヘンタイで、魔導と魔導力のことしか考えてなくて、今はボクのことを一番に考えてて、好きになったって全然むくわれたりとかしないし助けたとか優しいとかそういうのだってたまたまで、だからもう考えちゃだめ!
なんて、言ってまわりたい、けれど。
その言葉は全部自分に突き刺さってくるのだった。
このごろは、もうほぼわかってしまっているものの絶対に認めてなるものかと崖っぷちでぎりぎりにねばっている。あんなヘンタイ。あんな魔導オタク。好きなんかじゃない、絶対に好きなんかじゃない。
シェゾは誰にもなびかない、なびく気配すらない。どんな美少女や美女に秋波を送られようと、まるで意に介さないのだ。魔導にしか興味がないのだ、本当に。
だがルルーと並ぶシェゾの姿に、アルルの胸は掻き乱された。とにかく美しく一対になる姿なのだ。ルルーには想う人がいる、それはわかっている。それでも、「誰か」と並んでしっくりくるシェゾの姿は、いつか誰かのものになってしまうのではないかという予感をどうしようもなく突きつけてくる。自分以外の誰かのものに。
「それにしてもシェゾとルルーがあんなに釣り合うとはね。ね、アルル」
「……まあ、見た目だけは…… それにルルーはサタンのことが好きだからそういうのにはならないし」
「うんうん。 ところでさ、俺とシェゾもなかなかいい絵になると思わない?」
「へぁ?」
まったく想定していなかったところからの問いかけに、変な声が出てしまった。
背の高いラグナスを見上げると、彼はキリッと決め顔を作っている。
「俺と、シェゾ。どう?」
「え? ??????? うん????」
「俺も『勇者』だし、それなりに絵になるはずなんだよね」
「えー…… えっと……」
アルルは考える。金色の鎧に黒髪のラグナスと、黒衣と銀髪のシェゾの並ぶ姿。
「確かに、ルルーとは違った意味でペアっぽさっていうかコンビっぽさはあるかも……?」
「だよね! よしよし、ちょっとがんばっちゃおうかな」
「なに? なにをがんばるんだい? 待ってなんかやな予感がする、なに??」
いやあ、と、異世界の勇者ははにかんだ。
「今回、シェゾと初めて共闘したし、いろいろ話もしたわけだけど」
「うん」
「シェゾってさ、かわいいよね」
「…………は?」
「勇者が討伐すべき邪悪な魔導師、と思ってたんだけどなあ。意外と常識人だし、実力も高くて頼れるし、フォローや連携もちゃんとやるよね」
「あ、ええと、うん、そうだね、知ってる」
むしろあの闇の魔導師はフォローや連携を一番していたかもしれない。攻略初期は、自分もルルーもラグナスも、真っ先に走り出す! あとは自分を見て合わせてほしい、みたいな行動が多かった。三人ともシェゾに説教されたが。組んでる理由を考えろと。ごもっともだ。おかげでかなり効率的にチームとして動けるようになった気がする。
「しっかりしてそうに見えていいアイテム出たときとか手応えある魔物出たときはわかりやすくうれしそうにするところとか、かわいいよなあ」
「……ラグナス? シェゾは確かにきれいな顔してるけど、男だよ……?」
ひょっとしてもしかして勘違いしてるんじゃないかとおそるおそるそう指摘するものの、ラグナスは「わかってるよ」と微笑んだ。
「俺もそろそろ『お姫様』がほしいなーと思ってたとこでさあ。うーん、けっこういいかも。お城で待っててくれるお姫様じゃなくて肩を並べて戦えるお姫様、ウケそう」
「男はお姫様にはなれないよ!?」
「ははっ、アルルは若いのに頭が固いなあ。いまどきはね、お姫様の資格は女の子だけのものじゃないんだよ?」
「そうなの!? そう、なの???? ほんとにそうなの!?」
斬新な概念に、アルルは考える。ラグナスと並ぶシェゾを、もう一度考える。
ダンジョン攻略中、確かに息は合っていた。双方とも魔法を使う剣士で、実力者だ。思い返せば、互いの実力を認め合っての信頼関係ができていた……ようにも思える。あくまで、攻略においてだが……
「シェゾは、その、コイビトとかそういうの、いらないひとだよ? 可愛い女の子や綺麗なお姉さんに言い寄られても全然スルーしてるし」
「へえ。じゃあ俺にもチャンスあるね」
「なんでそうなるんだい」
「女の人が大好きってわけじゃないなら、男でもスタートは同じじゃないか。実は男のほうがいいやつかもしれないし」
「んなっ!?」
その可能性は全く考えていなかったアルルである。
シェゾ・ウィグィィは誰とも「二人」にはならない、そう考えていた。だから秘めておけた。けれど、でも、そうではないのなら? ラグナスとだと、そうならないと誰が言えるのか? だって確かに、釣り合ってみえるのだ。どんな女の子や女の人とならんでいてもそうは思えなかったのに。(ルルーともたしかにぴったりだけどもルルーにその気はないので除外)
「お……お姫様、って、シェゾはそういうんじゃないんじゃない……?」
どうにかしぼりだしたそれはもはや難癖であるとアルルも自覚している。
ラグナスは自信たっぷりの勇者様スマイルで答えた。
「俺は『勇者』だから。俺が選ぶ存在は『お姫様』になるんだよ。王族であるかどうかは関係ないし、性別も種族もそう。ねえアルル、協力してくれないかな? 俺、いける気がする」
「それは、……それは、シェゾのこと、好きってこと?」
「そうだね。好きだ」
はっきりと断言する青年が眩しい。勇者である。
(ああ、それに比べてボクは)
叶わないからとかどんな女の子でも選ばないやつだからだとか、予防線ばかり張っていた。彼がどう思うかということと、自分の気持ち。それは切り分けてちゃんと認めなきゃいけなかった。
そう、もう認めよう。宣言もしよう。
ラグナスのようにきっぱりとそう言いたいのに、声が震えてしまう。ぎゅっと握りしめた両手も震えて、視界がぼんやりと滲んできた。耳が熱い。
ただ、なんでもないことのように、ただの事実として言いたいのに、こんなに揺れる自分がみっともなくて恥ずかしい。たかが本当のことを言うだけなのに。
「ボ、ボクだって、」
「うん?」
「ボクだって、す……す、すき、だもん……」
それは少女がはじめて、恋をしていることを認めた瞬間だった。告白で、自白で、降伏だった。ああ、とうとう言ってしまった、口に出してしまった、と、アルルは敗北感に似た感情を噛み締める。もうこれで、戻れない。知らないふりでいたかったのに。
(そう……好きだ。悔しいけど、でも、好きだ、あいつのことが)
ラグナスが軽く目をみはる。「ねえ、」と指先がアルルの頬に伸びる。
が、その指が届く前に、アルルの視界を黒が覆った。
「おい勇者サマ、ガキ泣かせてんじゃねえぞ」
黒衣のマントをまとった闇の魔導師が、勇者との間に立ち塞がったのである。右手がゆるりと、アルルを静止するように守るように伸びている。アルルからはその表情は見えないが、シェゾはラグナスを睨みつけていた。
シェゾとルルーが話をしていた方角から、ルルーが小走りにむかってくる。「いきなり転移魔法使うんじゃないわよ」と文句を言っている。
「アルル、なんかこいつに嫌なこと言われたのか」
「ふへ!? い、言われてないよ??」
「じゃあなんで泣いてんだよ」
「え、うわ、わあ、涙出てる! わあ!」
「おい」
「なんか、ええと、なんか、だいじょうぶ! だいじょうぶだから!」
気づかないうちに一筋、ぽろりと涙が流れていたらしい。慌ててリストバンドで目元を擦る。ハンカチを使いなさいなとルルーに差し出される。
「シェゾ、ボクがいじめられてると思ってとんできてくれたの?」
文字通り、空間を跳んできている。そこまでしなくたっていい距離なのに。
「守ってくれようとしたの? ありがとう……」
「は!? 守ろうとなんてしてないが!? まだ物資のやりとりが終わってないうちに揉めたら面倒になるだろうが!」
「ありがと……」
「どうしたお前???? なんかへんなもん食ったのかこの短時間で。拾ったか。拾い食いしたか、カーバンクルかお前は」
だいぶ失礼なことを言うシェゾだが、訝るのももっともだった。ほんの数刻前までは、アルルのシェゾへの言動はやさしさとか素直さとかがあんまりなかった。たまたま共闘しているだけで本来は魔導力を狙っている男への態度としては妥当なものだった。それなのになんだか今は、へにゃっと笑ってやさしく素直に礼なども言っている。
「で、なに話してたのよ」
ルルーがラグナスに問う。
「恋バナかな? 好みのタイプについて、ってとこ」
「ふうん?」
どうでもよさそうにルルーは流す。実際、どうでもよかった。ルルーは恋する乙女だが、想い人との関係に関わらない恋バナはどうでもよかった。
ラグナスは、なんだかわあわあ言っているシェゾとアルルに割り込みたくて、アルルの後ろからがっしと彼女の肩を抱いた。
「ところでさあシェゾ!」
「なんだよ!」
「俺とアルル、つきあうならどっちがいい?」
空いている腕で、自分とアルルを交互に指差す。
「はぁ!?」
と叫んだのはアルルだ。シェゾは果てしなくどうでもいいもの(すけとうだらのブレイクダンス等)を見たときのような目で間髪いれず回答した。
「男とガキは選外だ」
「選外だって、アルル〜〜。燃えるね〜〜?」
「ボクを巻き込まないでくれるかな!? あっまた涙でてきた!」
ルルーは想い人との関係に関わらない恋バナはどうでもよかったが、なんとなく察した。というか一人だけ部外者っぽくなってるのがちょっといやだった。当事者にもなりたくなかったが。ぱん、ぱん、と手を叩いて三人の注意を引いた。
「はいはい、そのくらいにしておきなさいな。宿に行って荷物まとめなおしてわけまえの分配しましょ」
「俺はあとから合流する。さっき領主に聞いた古書店が気になる」
「あらよくってよ。売上全部私が持ってるけど、手持ち足りそうかしら」
「問題ない」
しゅば、と、アルルが元気に手をあげた。
「ボクもいく!」
「娯楽小説なんざ置いてねえ店だぞ。絵本もないぞ」
「読むもん! 魔導書! 学生だよボクは!」
「へえ、俺も行こうかな! と思ったけどやっぱりやめとこ!」
「なんなんだお前はさっきから」
ついていこうとしたラグナスがすぐに撤回したのは、シェゾのマントをぐっと握ったアルルが、シェゾの死角から「え、くるの?」と言いたげな目をむけてきたからである。泣かせてしまったばかりなので、今回は引くことにする。
そんなこんなで二人は古書店へむかい、ラグナスとルルーが残された。
「……アルル、吹っ切れたみたいね。相手がアレだっていうのは納得いかないけれど、自分の気持ちを認めたのはいいことだわ。それでようやく次にいけるんだから。進むにしろ、やめるにしろ。認めないと動けないもの」
「あ、ルルー知ってたんだ」
「わかりやすいのよあの子。ラグナスだって気づいてたでしょ」
「まあね」
「勇者サマってのはたいしたもんねえ…… そうやってアルルを後押ししてあげたってわけね。男色家のふりまでして」
「ふり? いや、俺は性別とか種族とか全然関係ないよ。勇者だから」
「…… まあ、そこは置いておいて、とにかくそういうふりをしたと」
「ふりなんてしてないってば」
「………… 光の勢力人類代表と闇の魔導師ってのは、どうなのかしら……」
「逆すぎて逆にアリだと思わない? ていうか俺が選んだ存在が新しい『王道』になるんだよ、俺ってそういうあれだから」
ルルーはそこで会話を打ち切った。これ以上追求したくなかった。部外者でありたかった。アルルのことはいろいろな意味で心配になってきたものの、結局は彼女が選んで決めるしかないのだ。
ひとまず、目の前にある懸念事項がひとつ。
(……宿、男部屋と女部屋で二部屋とったわけだけど……それでなんの問題もなかったはずなんだけど…… これ、大丈夫なのかしら……)
アルルも夜にそのことに気づき、だいぶさわがしいことになる。
が、今現在のルルーには、考えてもどうしようもないことなので、考えないことにした。